古構造学の目的は、現在では利用されなくなった構造を有する橋梁に着目し、その構造の由来を解明し記録することである。これまで2件の事例研究を通じて、主として古構造学の着眼点および分析手法を整理・確立してきた。本年度は、アレル・ドゥ・ラ・ノエを対象として、これまでに確立してきた手法を適用する形での事例研究を実施した。アレルは19世紀末から20世紀初頭にかけて活動したフランス土木局のエンジニアで、コート・デュ・ノール県で実施された軽便鉄道網整備では責任者を務めた。この時に彼が設計した3種類の高架橋(石造アーチ、鉄アーチ、RCアーチ)は独特な構造を有している。分析に当たっては通常、一次資料を頼りに設計者の思考過程を解明するが、本事例ではアレルによって重要な資料が処分されていたことが大きな課題となった。このため本事例では、設計者の経歴や業績から設計思想を読み取り、さらに当時のフランス国内、さらに地域社会の交通や経済状況といった間接的な情報から設計条件を補完しつつ、構造の由来を推定するという方法をとった。本事例のように、構造の特殊性は認識されつつも、資料紛失などによって構造の由来が記述ざれない例は多く存在していると想定される。このため、事例分析が史料発見といった不確定要素の影響を極力排除しつつも、構造の由来が解明できるような手法として整理し直した上で、一式のチャートとしてまとめた。古構造学では、このチャート(事例)が蓄積ることによって、技術発展の歴史の中に埋もれ、今日では顧みられることが無くなったアイデアが発掘・保存・集積されていくことになる。
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