研究概要 |
内耳血管条は内リンパ直流電位の生成および内リンパ産生に関わる重要な組織で,その機能異常は直ちに難聴をひきおこす.本研究代表者はこれまでに,血管条機能を明らかにする目的で,その構成細胞どうしの連携に着目した一連の細胞生理学的研究を行ってきた.その結果,「血管条のエネルギー代謝システムはそのユニークな組織構築と密接に関係している」という結論に達した.エネルギー代謝の根幹を担う細胞膜糖輸送体として,一般には,促進拡散型のグルコース単輸送体(GLUT)と細胞内外のNa+の電気化学的勾配により駆動されるNa+/グルコース共輸送体(SGLT)が知られている.研究代表者らは,血管条の単離辺縁細胞の生理学的実験から,この細胞の主なグルコース取り込み機構はGLUT型であることを既に報告している. 初年度は,これまでに血管条でその発現が確認されているGLUT1の遺伝子とタンパク質発現について,RT-PCR法や免疫組織化学法による局在解析を行った.得られた主な結果を以下に示す. 1.ラット・スナネズミ・モルモットを用いてGLUT1の局在を検討した.RT-PCR法により血管条においてGLUT1のmRNAの発現が確認された.血管条の全層標本の間接蛍光抗体法による免疫染色を行った.抗体は抗GLUT1抗体と中間細胞特異的な抗Kir4.1抗体を用いた.ラットについては基底細胞にGLUT1の強い陽性シグナルが観察され,中間細胞に発現しているKir4.1のシグナルとはその局在が重複していなかった.辺縁細胞は両抗体に対して陰性であった.モルモットの中間細胞におけるGLUT1の発現については結論を得られなかった. 2.単離血管条細胞を用いたGLUT1の局在解析をおこなった.摘出した血管条をトリプシン処理した後,低融点アガロース内での機械的操作により,必要な血管条単離細胞を得た.これまでGLUT1発現の報告があったモルモットについて調べたところ,GLUT1に陽性な細胞は基底細胞と血管構成細胞であり,辺縁細胞については陰性であることがわかった. 3.共焦点レーザー顕微鏡により,抗GLUT1抗体陽性部位の立体構造の解析を行った.基底細胞・血管内皮細胞が抗GLUT1抗体に対して陽性であった.3次元解析により,基底細胞から周期的に辺縁細胞に向かって突起が伸びていることが初めて確認された.これまでの報告から,基底細胞どうしはタイトジャンクションにより結合しており,基底細胞層自体が外リンパからの物質の透過を制限していると考えられている.今回の結果から,血管条内へのグルコースの流入経路として基底細胞層に発現しているGLUT1がその主要な役割を果たしていること.が示唆された. 次年度は,血管条組織に対してGLUTファミリーを構成する遺伝子発現プロファイルを調べる.血管条の全層標本からmRNAを抽出し,GLUTファミリーを構成するアイソフォームの発現をRT-PCR法により網羅的に解析する.必要に応じて単一細胞RT-PCR法を適用する.血管条における糖輸送体に関しては,現在までにGLUT1の免疫活性が報告されているのみである.そこで,予備実験として,これまでに13のアイソフォームが登録されているGLUTファミリーのGLUT1〜GLUT9についての遺伝子発現解析を行った.その結果,血管条ではGLUT1以外に3つのアイソフォームが発現していることが確認された.辺縁細胞においてGLUT1以外のアイソフォームの発現の可能性が示唆された.
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