研究概要 |
内耳血管条は内リンパ直流電位の生成および内リンパ産生に関わる重要な組織で,その機能異常は直ちに難聴をひきおこす。本研究代表者はこれまでに,血管条機能を明らかにする目的で,その構成細胞どうしの連携に着目した一連の細胞生理学的研究を行ってきた。その結果,「血管条のエネルギー代謝システムはそのユニークな組織構築と密接に関係している」という結論に達した。エネルギー代謝の根幹を担う細胞膜糖輸送体として,一般には,促進拡散型のグルコース単輸送体(GLUT)と細胞内外のNa+の電気化学的勾配により駆動されるNa+/グルコース共輸送体 (SGLT)が知られている。研究代表者らは,血管条の単離辺縁細胞の生理学的実験から,この細胞の主なグルコース取り込み機構はGLUT型であることを既に報告している。 今年度は,血管条の全層標本からmRNAを抽出し,GLUT1以外のGLUT familyとSGLT familyを構成するアイソフォームの発現をRT-PCR法により網羅的に解析し,発現が確認された場合はそれぞれの特異的な抗体による免疫染色を行いその局在を明らかにすることを試みた。以下に主な結果を述べる。 これまでにGLUT familyを構成する分子として13のアイソフォーム,SGLT familyを構成する分子として4つのアイソフォームが報告されている。それぞれの塩基配列に従い特異的なプライマーをデザインし,血管条標本におけるmRNAサンプルからRT-PCRを行ったところ,GLUT familyについてはGLUT1以外に6つのアイソタイプの発現が確認され,SGLTについてはその発現が確認されなかった。発現が確認されたGLUTタイプの6つのアイソタイプのうち2つはGLUT1と同程度の発現量を示し,他の4つはその発現量が比較的少なかった。まず発現が確認されたGLUT4について抗ペプチド抗体を用いて免疫染色をおこなったところ,その陽性シグナルは基底細胞層に限局していた。ただし,GLUT1が基底細胞と血管に局在していたのに対して(初年度の結果),GLUT4は血管に対しては陰性であった。また,GLUT1は基底細胞の細胞膜に局在していたのに対して,GLUT4は細胞質にその陽性シグナルが局在しているように観察された。細胞膜か細胞質かの局在の最終的な判定については今後免疫電子顕微鏡的手法を用いて明らかにする予定である。 本研究により,内耳血管条においてこれまで報告のなかった糖輸送体として新たに6つのGLUTアイソフォームの発現を確認した。一つの組織の中でGLUT1を含めて少なくとも7つのGLUTアイソフォームが機能していることになり,それぞれのアイソタイプの局在を明らかにしていく必要がある。また,本研究でその発現が確認されたいくつかの糖輸送体はインシュリンをはじめとしてなんらかの調節物質依存性を有していることから,内耳組織全体における糖輪送に関わる生理的調節の仕組みを明らかにする試みが今後必要となる。
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