肝細胞増殖因子(HGF)は、正常肝細胞及び一部の癌細胞株の増殖を促進する一方、他多数の癌細胞株に対しては増殖を抑制する。HGFの受容体c-Metは共通である為、これら相反する作用は細胞内シグナルの違いに由来すると考えられる。HGFによる細胞増殖制御の細胞内シグナルを解明することにより、癌の増殖を抑制する方法の開発に直接つながることが期待できる。 平成19年度の研究の結果、肝癌細胞株HepG2をHGF刺激することにより転写制御因子Id1の発現量が減少し、それに伴い癌抑制因子p16が発現上昇することを見出した。近年、Id1によるp16の発現制御が細胞老化と関係すること、また、不可逆的細胞変化である細胞老化が、細胞の癌化を抑制する生体防御機構の1つであることが示されていることから、平成20年度は、HGF刺激がHepG2細胞に与える影響が細胞老化である可能性の詳細な検討を行った。その結果、HGFによるHepG2細胞の増殖停止は、HGF刺激後に培地からHGFを除去しても戻ることはなく不可逆的であること、また、この不可逆的増殖停止に至るために必要なHGF刺激の継続時間は48時間であることを明らかにした。これらの事実は、肝癌細胞株HepG2をHGFにより48時間処理することで癌細胞ではなくすることが可能であるという重大な発見を意味した。一方、各種細胞老化マーカーの発現の様子からは、HGFにより細胞老化が誘導された明確な証拠は得られなかった為、HGFによるHepG2細胞の不可逆的増殖停止は細胞老化以外の現象である可能性が残された。HGFによる不可逆的細胞増殖停止の分子機構解明は、HGFによる癌の増殖抑制方法の開発につながる可能性が高いことからさらなる解析が必要である。
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