本研究課題の目的は、数百万円の小規模な計算機を使い、全原子モデルでかつ溶媒分子を厳密に計算に取り込み、αヘリックスとβシートの両二次構造を含む50残基長の蛋白質の折れ畳み(フォールディング)問題を解く事である。 本年度は、マルチカノニカル分子動力学(McMD)シミュレーションを、クラスタ計算機(当科研費で昨年度購入)を用いて行い、水中での50残基蛋白質Pina WW domain(α/β両二次構造を含有)の自由エネルギー地形を得た。その結果、NMR実験で決定された立体構造との間で主鎖-RMSD(2つの立体講造主鎖間の構造の違いをA単位で表す量)が4A程度の構造を得た。これにより、当初の研究目標を達成した(論文執筆中)。 さらに構造探索効率を高めるために、独立な多数のMcMDシミュレーションからのデータを統合する手法を開発した(論文投稿中)。さらにこの統合技術を別の57残基のヘリックス蛋白質(human bifunctional glutamy1-proly1-tRNA synthetase; PDB ID=1FYJ)に適用し、天然構造が得られる事を確認した(論文投稿準備中)。さらに、得られた多様な蛋白質立体構造の作る構造空間の内部構造を、直感的に理解する解析法を開発した(論文)。また、昨年度末に投稿した論文が出版された(24残基蛋白質humaninの自由エネルギー地形を求めた。熱力学安定構造が溶媒条件に大きく依存することをMcMDで示した)。 以上の一連の研究から、水をあらわに取り込んだ全原子モデルでの蛋白質立体構造探索法は大きく進歩し、50残基蛋白質の自由エネルギー地形の算出が可能になった.一方、蛋白質が大きくなるに従い、新たな研究課題が見えて来た。それは、系のポテンシャルエネルギーを規定する力場(force field)の正確さの問題である。本研究課題でPina WW domainの天然構造を得たが、それは熱力学的には最安定構造ではなく準安定構造であった。今後は力場の精度を挙げる努力を行いたい。
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