網膜の最もマージン側の領域には長期間にわたって未分化状態と増殖能を保つ幹細胞が存在しており、それらは分泌性のシグナル分子Wntによって維持されていることが明らかとなっている。今年度は、Wntに応答する細胞がどのような形態をしているのかを明らかにするために、Wntシグナルの活性化に応じて蛍光タンパク質を発現するレポーター遺伝子を導入し、Wnt応答細胞を可視化することを試みた。遺伝子導入の方法としてはニワトリ胚へのエレクトロポレーション法を用い、また、ゲノム上に安定にレポーター遺伝子を取り込ませるためにトランスポゾンの組換え酵素とシス配列を利用した。まず、レポーター遺伝子が正しく働いているかを確認するために艀卵後7日目胚でレポーター遺伝子の発現を確認したところ、幹細胞様の細胞が存在する網膜のマージン領域で特異的に発現が見られた。また、Wntのシグナルが伝わっていない網膜の中心部ではこのレポーターの発現は見られなかったが、Wntを過剰発現することにより強い発現が誘導された。さらにWntシグナルを阻害するためにWnt受容体であるFrizzledの細胞外領域を過剰発現したところ、マージン領域におけるレポーターの発現が消失した。これらのことから、導入したレポーター遺伝子はWntシグナルの活性化状態を正しく反映しているものと考えられた。次に、網膜幹細胞の形態を詳しく観察するために、様々なステージにおいてレポーターを導入した胚を固定し、切片を作製してコンフォーカル顕微鏡による観察を行った。その結果、限られた増殖能しか持たない網膜の中心部分の前駆細胞と比較するとマージン領域の幹細胞はapical-basalの長さが短くくびれも少ない形態をしており、また多数の細かい突起を有していることが明らかとなった。このことから、網膜幹細胞は増殖能だけでなく、形態的にも特徴のある細胞であることが明らかとなった。
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