平成20年8月から9月にかけて、タンザニアのマハレ山塊国立公園における野外観察調査を実施し、主として野生チンパンジーの狩猟肉食行動に関する資料収集を行った。第一に、狩猟者となる可能性の高い大人雄のチンパンジーを個体追跡し、潜在的獲物に遭遇したときの反応を記録した。第二に、樹上性霊長類(アカコロブス、アカオザル)を中心に潜在的な獲物種を観察し、「平常時」及び「チンパンジーとの遭遇時」における違いに注目しながら、(音声や集合性、攻撃性などについて)行動記録した。また、獲物の音声については集音マイクロフォンとリニアPCMレコーダーによって録音記録した。第三に、狩猟に成功したチンパンジーが肉をめぐって繰り広げる相互作用をビデオカメラにて撮影し、帰国後、映像資料を整理分析した。 今回、過去の観察にはなかった特筆すべき観察内容として、アカコロブスの大人雄のチンパンジーに対する攻撃性の増大が挙げられる。アカコロブスが、近づいてきた大人雄のチンパンジーに突進して追い払う事例を複数回確認しただけでなく、滅多に地上に降りないはずのアカコロブスが地上に飛び降りて、チンパンジーを追い回す事例も確認できた。これらの攻撃的な対捕食者行動がチンパンジーの狩猟発生率の減少につながったかどうかは、今後の分析によって明らかにしたい。また、アルファ雄の肉分配についても、「アルファ雄は政治的道具として肉を使う」とする仮説を補強する結果が得られたが、さらに、興味深いことに、アルファ雄がチャージング・ディスプレイの間、地上に肉を放置したり、他個体に預けたりしながら、肉の「支配権」を保持する現象が確認された。これは霊長類における食物の占有には「近接の原理」があるとする従来の通説を覆すという意味で貴重な観察と思われる。以上の成果は、分析・考察がまとまり次第、学会発表・学術論文によって公表する予定である。
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