2009年8~9月に約1ヶ月のマハレ(タンザニア)のチンパンジーの肉食行動に関する野外調査を実施した。今回、アカコロブスの捕食が3例、キイロヒヒの捕食が1例観察されたが、同所的に高密度に生息するアカオザルの捕食は観察されなかった。 コロブスを捕食した事例のうち2回は、アルファ雄が最終的に肉をコントロールしたが、昨年同様、チャージングディスプレイする間、同盟者に肉を預けたり放置したりと、ヒト以外の霊長類には珍しい「近接の原理」に反する現象が見られた。また、コロブスのチンパンジーに対するモッビングは相変わらず頻繁に見られているが、複数のチンパンジーが獲物の抵抗を克服して狩猟に成功する事例を1回観察した。捕獲したのは非アルファ雄であるが、アルファ雄や元アルファ雄とともに小さなコロブス乳児の肉を分け合って食べた。このように捕食者-獲物関係が微妙に推移する中、実際にコロブスの狩猟頻度が1990年代前半に比べ、増えているのか減っているのかは、目下、過去の資料と合わせて整理・分析中である。 ヒヒを捕獲した際の狩猟については、コロブス狩猟と異なる点が認められた。第一に、コロブス狩猟に典型的な興奮に包まれた集団狩猟ではなかった。第二に、アルファ雄を含むオトナ雄にヒヒの肉に対する執着がなく、未成熟個体を中心に肉が移動していた。ヒヒの捕食はそもそもきわめて稀な事例であり、上述した相違が獲物の違いによるものと結論する段階にはない。しかし、本研究が明らかにしようとするチンパンジーの肉食における狭食性の進化に深く関連する問題であり、今後の調査継続によって観察例を増やして検証し、さらに、獲物に対する狩猟戦略や嗜好性の違いという観点の探究へと発展させていきたい。
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