マルチ遺伝子型Na^+/H^+対向輸送体であるSha輸送体が定常期移行に関与する分子メカニズムについて解明することを目的としている。緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)のSha欠損株は、マウスに対する病原性が低下する。緑膿菌における病原性遺伝子の発現誘導には、定常期シグマ因子RpoSとクオラムセンシング(Las及びRhlシステム)が関与することが知られており、緑膿菌Sha欠損株ではこれらの活性化が0.3M NaCl添加により阻害される。阻害を引き起こすNaCl添加のタイミングを検討したところ、いずれも対数増殖期の終点の添加でも最初から添加した場合と同等の阻害効果があり、さらに2時間後のNaCl添加では阻害効果は見られなかった。この結果は、RpoS及びクオラムセンシングの活性化について、対数増殖期から定常期へ移行する時期にNaClの影響を受けやすい反応もしくは分子メカニズムが存在することを示唆する。主要シグマ因子RpoDとRpoSの存在量をウェスタン解析により調べたところ、0.3MNaCl添加によりSha欠損株におけるRpoS蓄積は起こらないが、RpoD存在量には影響が無かったことから、NaClの影響はRpoS特異的であると考えられた。NaCl添加が遺伝子発現に与える影響を網羅的に調べるため、対数増殖期終点でNaCl添加し、さらに2時間培養した菌体より回収したRNAサンプルを用いて、GeneChip解析を行った。その結果、RpoS及びクオラムセンシング制御下にある多数の遺伝子の転写が低下していることを見いだした。その中には(リボ)多糖合成、走化性、運動性と付着、分泌性酵素や毒素等の病原性遺伝子が含まれていた。緑膿菌Sha欠損株の病原性が低下した理由として、上記の病原性遺伝子の発現抑制が一因である可能性が示唆された。
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