栄養素の一つであるグルコースは、生体内において最も重要なエネルギー源であり、その血中濃度は一定に保たれている。これは、インスリンにより、食事由来グルコースの末梢組織での取込みと肝臓でのグルコース産生(糖新生)が厳密に調節されるためである。しかしインスリン抵抗性を示す糖尿病では、末梢組織におけるグルコース取込み量の低下、および糖新生系酵素の制御不能によるグルコース産生の亢進から、血糖値の更なる上昇がおこる。このようにインスリンは血糖値調節に重要な役割を果たすが、様々な要因で誘発されるインスリン抵抗性の病態では、インスリンに依存しないシグナル伝達経路が血糖値の制御において重要になると考えられる。 糖新生制御において鍵酵素であるphosphoenolpyruvate carboxykinase(PEPCK)遺伝子発現は、インスリンやグルカゴン、グルココルチコイドのような複数のホルモンによって転写レベルで調節されている。それぞれのホルモンは、PEPCK遺伝子プロモーター領域内の各ホルモン応答配列を介してその効果を発揮する。これらの配列は複数の転写因子により認識され、さらに共役転写因子も調節に関与していることが知られている。 一方、グルコース利用性に応じた糖代謝調節機構は、酵母においてよく研究されており、タンパク質リン酸化酵素の一つであるsucrose-nonfermenting 1(SNF1)複合体が、主に転写因子群を直接リン酸化することで、糖代謝に関与する遺伝子の発現量を調節し、グルコース利用に応じた細胞内糖代謝の制御を行う。細胞内エネルギーセンサーとして糖・脂質代謝酵素をリン酸化することにより活性を調節しているAMP-activated protein kinase(AMPK)は酵母SNF1の哺乳類におけるホモログである。近年AMPKが転写調節に関与する核内タンパクをリン酸化し、転写活性を調節するという報告もあり、すなわちAMPKが酵素活性のみならず遺伝子発現を制御することによって糖・脂質代紺に関与する可能性を示す。しかしながらAMPKシグナル伝達系を介した糖新生制御の詳細な分子メカニズムは明らかにされていない。 そこで本研究では、AMPKシグナル伝達が転写因子のリン酸化を介してPEPCK遺伝子発現を抑制するとの作業仮説をたて、この調節に関与する転写因子の検索および機能解析を行った。さらに同定した転写因子の過剰発現マウスを作製し、生体における糖新生反応への効果を検討した。
|