研究概要 |
樹木特異的な色素変化とオルガネラ間の相互作用による光合成の最適化について。樹木に特異的なストレス応答機構としてluteinおよびα-Car(α-carotene)を中心とした7種のカロチノイドの相互置換により年間を通じて、過剰エネルギーの熱放散を誘導するviolaxanthin cycle(Vio cycle)を効率よく制御していた。ミトコンドリアによる葉緑体の過剰還元力の散逸過程を調べるために、葉緑体チラコイド膜での電子伝達鎖のplastoquinone (PQ)とミトコンドリア内膜の電子伝達成分のubiqunone (UQ)をTHP逆相カラムを用いて高速液体クロマトグラフィ(HPLC)により、UQおよびPQの酸化型・還元型の高感度・同時測定系を作成し、10mg以下の葉片でのキノンredox測定が可能となった。本法により樹木葉のキノン類の測定を行ったところ、葉緑体の電子伝達成分PQは光強度と共に還元型にシフトしたが、ミトコンドリアのUQは光強度に関係なく、還元型の比率が非常に高くなっていた。しかし、ユキツバキなどの一部の常緑樹では、酸化型が比較的、大量に蓄積されており、樹種によりそのredoxは異なっていた。 被陰処理により色素組成を変化させた樹木葉のクロロフィル蛍光の測定を行い、反応中心,光捕集タンパク質の色素変化が光合成のエネルギー利用効率に与える影響を調べた。その結果、弱光ではopen PSIIの光利用効率(Fv'/Fm')がβ-Car比率に依存せず一定であったが、中光ではβ-Car比率の上昇と共にFv'/Fm'が低下した。また、阻害を起こす過剰な光エネルギーの指標であるExcessは、弱光でβ-Car比率の低下と共に上昇した。光照射中の光利用効率は色素組成の違いに関係なく同程度であったが、被陰処理と共にNPQ(熱成分)が低下し、Φ_<PSII>(PSIIの量子収率)の低下が見られた。これらの結果は、弱光生育にはβ-Car比率を高くし、α-Car比率を低めることで、葉内の過剰エネルギーを軽減していることを示唆している。また、温度変化による色素組成の変化があり、被陰処理に比べて影響が大きく、また、より色素サイクルでの置換反応が起こりやすくなっていた。これらの結果は、季節的な環境変動に対する光合成の生理的な樹木の特異的な適応機構が存在しており、機能していることを示唆するものであった。
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