研究課題
記憶が神経細胞に蓄えられる仕組みは意外なほどわかっていない。とりわけ、動物の記憶に伴う生体脳での変化をみる実験は手技的な制約から研究が進んでいないため、たとえば記憶を担当する神経細胞が何割程度なのか、にさえ、明確な答えはまだない。我々は認知症に関連するとされるBDNF (認知症のニューロトロフィン仮説)の海馬(記憶中枢)における発現様式について調査した。その結果、海馬の興奮性神経細胞のうち、数にして約2%以下、BDNFを強く発現する細胞があることを見いだした。しかも、このBDNF強発現細胞の数は、ラットにfoot-shock conditioning という学習をさせると倍加し、記憶獲得を阻害する薬物投与時は増加しないことがわかった。BDNFは活動した神経細胞に発現することが知られているため、本研究により、記憶獲得時に活動する神経細胞が少ないと考えられ、ある特定の記憶を担当する細胞は意外なほど少ない可能性を示唆する。我々は、このBDNF強発現細胞の周囲を調べることにより、これらの細胞のBDNF発現が高くなるに従って抑制性入力の指標であるGAD65が増加することも突き止めた(研究成果Neurobio1. Learn. Memory)。これは、記憶獲得に関与し一度情報をコードするようになった神経細胞は、しばらくすると次なる情報入力時に抑制されるようになり、情報の上書きが起こらない(認知症の防止)、という我々の説を裏忖ける結果である。一方、我々は、ラットの探索行動でのスパイン(興奮性シナプス伝達の大きさに比例するとされるシナプス構造)大きさの変化についても独自の実験系で解析し、大きくなるものが数%程度であることを示唆した。これは他の活動マーカーであるArcを発現する神経細胞とArc非発現細胞を分けたことで(世界的に)初めて検出された、短時間(60分)での変化である。Arc陽性細胞でのみ、巨大なスパインが数%生じ、一方、同じ細胞での小さなスパインの数は、有意に減少した。これらの研究は、少数の神経細胞集団に着目・分離解析することによって、記憶の本質が見えてくる可能性を示唆する、画期的な発見といえる(投稿中)。
すべて 2008 2007
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件) 学会発表 (7件)
Neurobiol. Learn. Memory 88
ページ: 409-15
J. Pharmacol. Sci. 104
ページ: 191-4