リゾホスファチジン酸(LPA)は、細胞増殖やがん細胞の浸潤促進などの多様な生理活性を示す脂質メディエーターである。一方、環状ホスファチジン酸(cPA)は、神経栄養因子作用やアクチンストレスファイバーの形成などはLPAと類似の作用を示すが、細胞増殖やがんの浸潤に対しては抑制的に働き、LPAとは相反する作用を示す。これらの二つの生理活性の拮抗する脂質が、同一の酵素、オートタキシンによって生体内で合成されることが、近年明らかになり、生体内中の何らかの因子が、ATX活性の調節を行っている可能性を含め、その活性調節機構の解明が待たれている。このような背景にあって、本研究では、生体中のATX活性調節因子の存在の有無を検証した。 本研究はまず、ウシ胎仔血清中に、熱に安定なATX阻害因子と、熱に不安定なATX阻害因子が存在することを見いだした。次に、熱安定阻害因子として生成物阻害を考え、cPAやLPA、およびその構造類似体にオートタキシン酵素活性を阻害する作用があることを明らかにした。また、ヒスチジンをはじめとするいくつかのアミノ酸、およびアミノ酸代謝物にもオートタキシン阻害活性があることを見いだした。さらに、先天性代謝異常の一種であるヒスチジン血症でみられる脳の発達遅延について、新しい仮説を提唱し、培養細胞系を用いてこれを検証した。加えて、その研究過程において、cPAやLPAの生体内濃度を測定する新しい定量法について質量分析装置を駆使して開発した。 さらに、病態モデルとして出血性ショックモデルラットに着目し、リン脂質を中心とした質量分析に基づくリピドーム解析を適用して新たな脂質メディエーターを見出した。また、分泌性ホスホリパーゼA_2のKOマウスやトランスジェニックマウスを用いた脂質メタボローム解析を行い、生活習慣病に関わる肥満、血漿リポタンパク質代謝異常、動脈硬化、脂肪細胞の分化における本酵素の役割について新しい知見を得た。
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