研究概要 |
本研究は,研究代表者が過去に発見したフィセチン(天然に存在するフラボノイドの一種)の記憶増強作用をさらに詳細に解析し,記憶障害を主症状とする認知症の新しい治療薬の創出につなげることを目的とするものである。課題の初年度にあたる平成19年度では,記憶形成に関わる海馬のシナプス伝達可塑性(長期増強;LTP)をフィセチンが促進するときに,どのような分子メカニズムが関与するかを検討した。過去の研究から,フィセチンには細胞内情報伝達分子MAPキナーゼのひとつERKの活性化(リン酸化)を促進する作用があることを見出しているが,どのようにしてERK活性化を促進するかは不明だった。ひとつの可能性としてサイクリックAMP(cAMP)の増加を介してERK活性化をもたらすことが考えられたので,ラット海馬スライスにフィセチンを適用してcAMPの変化を生化学的に検討したところ,フィセチンは単独で海馬神経細胞のcAMP濃度に影響を与えず,アデニル酸シクラーゼ活性薬フォルスコリンによるcAMP濃度上昇にも影響を及ぼさなかった。第二の可能性としてNMDA受容体の機能増強による細胞内カルシウムイオン濃度上昇を介することが考えられたので,ラット海馬スライスを用いた電気生理学的検討を行いNMDA受容体を介したシナプス伝達に対する効果を検討したところ,フィセチンはNMDA受容体機能に何ら影響を及ぼさないことが明らかとなった。以上の結果から,おそらくフィセチンはcAMPやNMDA受容体を介さない形でERK活性化をもたらすと結論された。今後さらにフィセチンが記憶増強作用を発揮する分子ターゲットを同定するためには,フィセチンを化学修飾してフィセチンの結合分子を探索する必要があると考え,現在フィセチンの誘導体を用いた研究を計画し,次年度以降実施する予定である。
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