本研究計画で我々は、依存性薬物であるニコチンが脳に与える影響を、脳の神経回路網のかなめであるシナプスの形態変化から評価する努力をしてきた。シナプスで、神経伝達物質による情報の伝達を受け取る構造が、直径約1ミクロンほどの傘をもつきのこのような形をした樹状突起スパインである。平成21年度までに、蛍光タンパク質GFP遺伝子を導入したラット海馬培養神経細胞を用いて、ニコチン刺激によるスパインの形態的変化を生きた状態で観察する実験を行い、ニコチン刺激によりスパインの頭部から細長い形をした、針状の突起が伸展することを見いだした。また、このスパインの形態的変化はα7ニコチン性アセチルコリン受容体を介して引き起こされていることを明らかにした。α7ニコチン性アセチルコリン受容体は脳内に幅広く分布しており、シナプスにも多く発現していることが知られている。このα7ニコチン性アセチルコリン受容体はカルシウムイオン透過性の受容体であり、活性化することで細胞内カルシウム濃度に変化を引き起し、スパイン内の細胞骨格のリモデリングを制御すると考えられた。平成22年度には、新たに、ニコチンによりスパイン頭部の横径が拡大することも見いだした。このことは、シナプスの長期増強で見られる現象と似ており、ニコチンによるシナプス可塑性の細胞生物学的基盤を示していると考えられた。さらに、この現象は、前年までの針状突起を誘発するα7ニコチン性受容体刺激とは異なるタイプの受容体によることを特定した。本研究を通して、脳内ニコチン性アセチルコリン受容体による神経回路網のリモデリングが明らかになり、薬物依存現象の理解が進むとともに、認知症治療法を開発する上での基礎的知見も提供しうる。
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