がんの発症・悪性化の分子メカニズムを解明し、がんを克服するには、その原因となる遺伝子の効率的な同定と機能解析が重要となる。申請者は、レトロウイルス挿入変異を用いて、マウスに発症した血液腫瘍から、発がんに重要な共通挿入部位の遺伝子を網羅的に同定してきた。しかし従来法では、ウイルス挿入で発現が活性化されるがん遺伝子が主に単離され、がん抑制遺伝子の候補はほぼ発見できなかった。そこで、分裂組み換えを頻発する変異マウス(ブルーム(Blm)遺伝子変異マウス)を用いて挿入変異を行い、両アリルへの変異導入効率を高めて、がん抑制遺伝子を優先的に単離する方法を構築した。現在までに、既知の有力な候補を含めてがん抑制遺伝子の候補を十数個単離することができた。新しい候補の中には、ヒストンの脱メチル化酵素のモチーフであるJmjCドメインをもつタンパク質が複数含まれており、発がんにおけるヒストンのメチル化制御の重要性が明らかになった。これまでにヒストンのメチル化を制御する酵素の多く(メチル化酵素17種と脱メチル化酵素11種)が、ウイルス挿入の標的となることを見いだした。ヒストンの翻訳後修飾は、転写制御、DNA複製、X染色体不活性化など様々な生物学的現象に関与しており、特にヒストンのアセチル化と発がんの関係は重要で、脱アセチル化酵素の阻害剤が抗がん剤として開発されている。メチル化を制御する酵素群もまた、がんの新しい分子標的の有力な候補と考えられるため、同定した酵素について、ヒト肺がんにおける発現解析や、遺伝子発現に与える影響の網羅的な解析を進行している。最近、これらの酵素のなかに、ヒストンばかりでなく、p53などの転写制御因子や、NFkBやWntシグナル経路の因子に影響を与える酵素が複数存在することがわかった。現在、結合するタンパク質を同定することにより、その作用メカニズムを解析している。
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