膵臓癌は難治性癌の代表であり、特にその浸潤・転移などの病態制御法の開発が急務となっている。膵臓癌発生に関わる遺伝子異常として、K-rasやp53変異、c-erbB2過剰発現、Muc1・5の発現パターンの変化などが知られているが、これらは膵臓癌の浸潤・転移能を説明するのに十分ではなく、膵臓癌病態の分子機構の十分な理解は得られていない。こうした背景のもと、形態形成因子として知られる分泌型糖蛋白Sonic hedgehog(Shh)などヘッジホッグ蛋白が膵臓癌の75%以上の症例で過剰発現していることが報告され、注目されている。本研究では、ヘッジホッグ蛋白および細胞内ヘッジホッグシグナル因子群、特に本研究代表者らが見いだしてきたG12/RhoA/Rho-kinase経路やGLI1活性化因子SILに焦点をあて、膵臓癌の浸潤・転移能の分子機構の解明と、浸潤・転移制御のために有用な標的分子の同定を行ない、もって新たな治療戦略のための基礎的知見を得ることを目的とする。 平成19年度の本研究によって、収集したヒト膵臓癌細胞株8株におけるヘッジホッグシグナル因子群各々の発現状況、ヘッジホッグシグナルの活性化状況およびマトリゲルを用いた細胞浸潤能について解析を終了した。また一部の細胞株については免疫不全マウス個体への移植実験を開始している。 これらの研究結果から、単にGLI1転写因子の活性化状況とマトリゲルを用いた細胞浸潤能とは必ずしも相関しないことが示唆された。従って、Shh刺激によるPatched1・Smoothened活性化の後、GLI1転写因子系以外のシグナル伝達系が、Shhシグナル伝達活性化による癌細胞の浸潤・転移能を規定している可能性が考えられる。今後は非GLI1経路に関わるシグナル伝達因子の役割について分子細胞学的・病理組織学的に解析を進める予定である。
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