昨年度の腫瘍細胞株での検討に加え、大腸癌患者より得た大腸組織についても我々が標的とするヒト内因性レトロウイルス(HERV)の遺伝子発現を解析した。その結果、非癌部に比し癌部において、特に、進行期の癌部組織において発現がより高く見られることが判明し、腫瘍特異的抗原として癌治療の標的分子となり得る可能性がより一層強く示唆された。また、昨年度、HLA結合予測アルゴリズムならびにHLA-A24遺伝子導入マウスを活用して、3種まで絞り込んだHERVのHLA-A24拘束性CTLエピトープペプチドについて、ヒトにおいてもHERV特異的なCTLを誘導できるか否かを検討した。健常人末梢血細胞を用いて、ペプチドで刺激したCD8T細胞のIFN-γ産生能と腫瘍細胞傷害活性を指標にCTL誘導能を評価した結果、1)ヒトにおいても抗原特異的なCTLを誘導でき、2)その活性は既に確立されているCEAなどのペプチド活性と比較して数倍高いこと、3)他ペプチドと混合併用することによって、それぞれの活性を増強できるadjuvant効果が見られることを明らかにした。HERVの遺伝子発現が様々な癌種で高率に見られることから、本ペプチドを用いたワクチン療法を広範な癌種の患者に適用できる可能性が示唆された。 一方、本HERV遺伝子に特異的に作用して発現を阻害するsiRNAを用いて、癌細胞に発現するHERVの機能を癌細胞側と宿主免疫側の両面から解析した。その結果、siRNA導入によるHERV阻害に伴って、1)上皮間葉転換(EMT)、つまり、細胞の転移性に深く関与する遺伝子群の発現が顕著に低下し、細胞の浸潤能が有意に抑制され、さらに、2)抗腫瘍免疫応答に必須の樹状細胞やCD8細胞などに抑制的に作用する分子の遺伝子発現も同時に低下することを見出した。実際に、HERV特異的siRNAを導入して浸潤能が低下した癌細胞とヒト末梢血細胞を共培養したとき、siRNAを導入しない場合に比較して、免疫抑制性の樹状細胞や制御性T細胞の誘導が有意に抑制されることを確認した。本結果から、我々が標的としたHERVは、「癌転移」のみならず、癌転移と同様に癌治療上の大きな問題となっている「免疫抑制」をも同時に制御していることが示唆された。したがって、癌細胞のHERV機能を阻害することもまた、癌治療の一手段としてとして有用である可能性が提示された。
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