【目的】中南米に広く分布する風土病、シャーガス病の病原体クルーズトリパノソーマにおける遺伝的多様度を明らかにし、それを生成する遺伝機構を解明する。【導入】クルーズトリパノソーマは性を持たない2倍性の生物であり、遺伝的に6系統(I、IIa〜IIe)に分類される。その特徴として、1)1系統間で塩基多型度が大きい一方、2)個体内では同一遺伝子のコピー問の塩基多型度は小さいことが報告されている。無性生物は減数分裂に伴うgene conversion機構を欠くため、個体内の遺伝子コピー間の塩基多型度は上昇すると考えられるが、本研究ではこの矛盾に着目して以下の研究を行なった。【方法】ピリミジン生合成経路の第4酵素dihydroorotate dehydrogenase(DHOD)遺伝子をモデルとして、クルーズトリパノソーマ野外分離株について個体内の遺伝子コピー数およびコピー間の遺伝的多様度を解析した。具体的には、Sylvio X10 CL4株(系統I)、YCL2株およびEsmeraldo CL3株(系統IIb)について、培養原虫からDNAを回収しゲノムライブラリーを作製した。DHOD遺伝子プローブを用いて陽性クローンを単離して各遺伝子クローンの塩基配列を決定し、これまでに決定した系統IIe(Tulahuen株およびCL Brener株)の同遺伝子配列を加えて比較解析を行なった。【結果】DHOD遺伝子は実験に用いた全ての株で4コピー存在し、コピー間で複数の1塩基置換(SNPs)が認められた。DHODの分子系統解析を行なったところ、2)の知見に反して各系統の単系統性は支持されず、遺伝子コピーは系統を超えて保存されていた。この結果は、系統の分岐後に各系統内でDHOD遺伝子の重複が起きたのではなく、系統IIの分岐以前に出現した複数の遺伝子コピーが保持されてきたことを強く示唆している。
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