ウイルスの細胞への侵入にはレセプターとウイルス糖蛋白スパイクの複数の結合が必要で、その複数の結合に脂質二重膜の流動性が利用されfusion poreが形成される。本研究では、ウイルスの感染性をなくす中和抗体の作用にウイルスのレセプターへの吸着阻止以外の機序があることの証明を試みた。その結果;(1)HIV-1吸着後に抗体を作用させウイルス感染性の抑制をみるpost-attachment neutralizationでは、中和抗体である抗V3抗体ではその作用が認められたが、非中和抗体である抗gp41や抗C5抗体では観察されなかった。(2)HIV-1由来の抗原ではなく細胞由来のHLA-IIやHTLV-Igp46の蛋白がもしHIV-1ウイルス表面に存在するなら、それらの抗体である抗HLA-II抗体やHTLV-Iの中和抗体であるLAT27は、HIV-1を中和した。以上の結果、HIV-1の抗体による中和が細胞のレセプターへの吸着阻止以外の方法で行われていることを示していた。そこで、これらのHIV-1を中和する抗体を用いてウイルスエンベロープ(細胞膜と同じ脂質二重膜)の流動性への影響を調べた。ウイルスエンベロープや細胞膜の流動性は、5-doxyl stearic acidでラベルし、その薬剤の膜での動きを電子スピン法で測定し、膜の流動性とした。結果は;(1)HIV-1中和抗体である抗V3抗体の結合はHIV-1エンベロープや細胞膜の流動性を抑制した。非中和抗HIV-1抗体ではそのような作用はみられなかった。(2)抗HLA-II抗体でも、同様の流動性抑制が認められた。以上の結果、新しいウイルス中和の機序として、レセプターへの吸着阻止以外に、抗体の結合による脂質二重膜の流動性抑制が示唆された。この作用で、fusion poreの形成が抑制されたものと思われた。
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