殆どの法医剖検例では眼底所見はとれていないのが現状である。しかし、眼底所見は糖尿病や高血圧症の診断等に有用であり、法医解剖においても、shaken baby syndromeなどでは眼底出血の確認が必須条件となっている。しかし、眼科用の倒像鏡等を用いての手法は死後の角膜混濁のため死後経過時間が短い例にしか応用できず、また、死後の眼球剔出には家族の同意を得ないで眼球を剔出するという倫理的問題や機械的操作による死後の網膜剥離等が高頻度に起こるという問題がある。そこで、われわれは法医解剖時に先端径が0.9mmの眼科用内視鏡を用いて眼底所見を観察したところ、明瞭な眼内所見が把握でき、有用な手技であることが判明した。また、本法は、強膜に0.9mmの切開を加えるだけで眼底所見の観察が可能で、観察した形跡を殆ど残すことはなく、眼球剔出に伴う倫理的問題や死後の網膜剥離等の問題も解決された。 現在までに57例の法医剖検例について同眼科用内視鏡を用いて眼底所見の観察を行った。頭蓋内出血群では短時間に死亡した1例以外の全例に網膜出血や硝子体出血、うっ血乳頭が認められた。また、うっ血乳頭は病期により、初期、旺盛期、慢性期、萎縮期に分類されるが、この病期の移行により受傷後の経過時間を推定できる可能性が示唆された。また、窒息死群や溺死群では約半数に網膜出血を認めたが、うっ血乳頭は認められず、頭蓋内圧亢進によらずに網膜出血が引き起こされている可能性が示唆された。また、乳幼児突然死症候群では網膜出血は認められず、網膜出血が乳幼児虐待の有用な所見となる可能性が示唆された。
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