平成19年度はHelicobacter pylori(HP)の鉄欠乏性貧血(IDA)責任遺伝子の特定を目指して、IDA群と対照群各4株を対象にマイクロアレイを用いてHP全遺伝子の発現を検討した。平成20年度においては、マイクロアレイのデータ解析を行うと共に、IDA群と対照群各2株を対象に鉄欠乏状態下(deferoxamine mesylate 50μM添加)で培養後に同様のマイクロアレイを行い、HP全遺伝子の鉄による発現調節も検討した。まず、計画したupdated Sydney Systemに基づく胃生検組織の病理学的検討では、各パラメーターについて両群間に有意差は認めなかった。鉄欠乏による鉄関連遺伝子の発現調節において、両群のHP株共にフェリチン遺伝子pfrはdown-regulation(0.1-0.3倍)、鉄イオン輸送蛋白遺伝子fecA1とfrpB1はup-regulation(4.0-17.3倍)と既報の結果に一致し、本マイクロアレイ法の妥当性が示唆された。通常培養条件下において、対照群と比較してIDA群で有意な高発現(3.5倍以上)を示した遺伝子は29、逆に12の遺伝子は低発現を示した。この中で、高い発現を示した外膜蛋白遺伝子hopOおよびhopPは鉄の取り込みに関与しているHPヒトラクトフェリン結合蛋白の分子量にほぼ一致しており、極めて高い発現を示したHP0682(84.0倍)などと共に有力なIDA責任遺伝子候補と考えられた。一方、pfr、fur、fecA1/2/3、feoB、およびfipB1/3など主要な鉄関連遺伝子の発現は両群間で有意な発現差がみられず、これらの既知の鉄関連遺伝子がIDAの発症に関与していることは否定的である。また、vacA、cag3、babB、あるいはiceAなどいくつかの病原性関連遺伝子が有意な発現差を示し、何らかの機序で病原性関連遺伝子がHPにおける鉄の取り込みに関与をしている可能性が示唆された。
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