Control ratにおいて盲腸、下行結腸、直腸の3領域で腸管内容物を採取し、12菌属・菌群を測定した。各菌属・菌群の菌数および割合において3領域間で有意差は認められなかった。また胃酸分泌抑制薬であるオメプラゾール(OPZ)、ラニチジン(RAN)投与群においても同様に有意差は認められなかった。そこで今回は直腸から採取したサンプルにより検討を行った。その結果、胃酸分泌低下モデルラットにおいて、測定した12菌属・菌群中、5菌属・菌群においてOPZ投与群で容量依存性に菌数が増加し、大腸内細菌叢の変動が観察され、胃内腔の完全無酸を達成する容量のOPZ投与で、特に顕著かつ有意な増加が観察された。OPZ少量投与による胃酸分泌の部分的な抑制、あるいは作用時間の短いRANでは菌数増加が顕著ではなかった事から、今回観察された大腸内細菌叢の変動には強力かつ持続的な胃酸分泌抑制が前提になることが強く示唆される。すなわち、従来より言われている胃酸が経口的に生じる細菌侵入に対するバリアーとなっており、胃酸分泌を強力かつ持続的に抑制するOPZはその機構を破綻させる事が想定される。 一方ヒトにおいても、広範な萎縮性胃炎を合併する胃酸分泌低下群では、萎縮性胃炎を合併しない正常群に比べ、大腸内細菌叢は測定した12菌属・菌群中、10の菌属・菌群において菌数増加が認められた。動物モデルほど顕著ではないが、Veillonella、Lactobacillusについては、ratで観察されたと同様な有意な菌数増加を認めた。 以前より慢性萎縮性胃炎、悪性貧血、薬剤の使用などにより、胃酸分泌が低下することによって胃酸バリアーが崩壊し、胃・十二指腸・上部小腸の菌数が増加する現象"bacterial overgrowth"が生じる事が報告されている。今回の検討は、動物モデル、そして進展した萎縮性胃炎の個体での検討を通して、この点をさらに明確化したものと考えている。
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