本研究助成により、平成20年度には膵B細胞におけるL-システィンのその代謝産物である硫化水素の細胞保護作用について、さらなる知見をえられたばかりでなく、硫化水素の産生調節についても研究を進めることができた。本年度の研究で明らかになったのは、1)膵島細胞に細胞障害が加わった際の細胞死に対してL-システィンが細胞保護作用に働くこと、2)同様の保護作用は硫化水素ドナーであるNaHSによっても得られること、3)細胞におけるグルタチオン産生の亢進が保護作用の一因であること、4)硫化水素の産生酵素がインスリン分泌刺激条件により誘導されること、の4点である。これらの結果から、L-システィンの代謝による内因性の硫化水素産生は、インスリン分泌によって細胞に口わる障害を回避するために膵B細胞に備わった自己防御機構(内因性のブレーキ;intrinsic brake)であることが示唆された。これまでの私たちの検討では、L-システィンや硫化水素の保護作用は小胞体ストレスの亢進では見られず、主に酸化ストレスの軽減や細胞内Ca^<2+>の低下によってもたらされるものと考えられる。L-システィンで前処置した膵島からのグルコースによるインスリン分泌能も改善し、L-システィンによる細胞保護は膵B細胞の機能面にも良い影響をもたらすことが明らかになった。L-システィンおよび硫化水素ドナーで処理した膵島における遺伝子発現変化の網羅的解析では、細胞死に直接関連する候補分子は得られなかった。また、糖尿病動物モデルである膵B細胞特異的カルモジュリン過剰発現マウスの血中L-システィン濃度を正常と比較検討したが、有意の差はなかった。この結果については、特定の臓器や、より長く糖尿病に罹患した個体で比べるなど、更なる検討が必要である。
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