研究概要 |
小児期に継続的に厳しい体罰を受けると、脳の前頭葉の一部が、体罰を受けずに育った人より最大で約19%萎縮することが分かった(Tomoda A, et al. Reduced prefrontal cortical gray matter volume in young adultsexposed to harsh corporal punishment. NeuroImage in press,2009)。萎縮していたのは前頭葉の中でも感情をつかさどる前帯回状などが含まれる前頭前野で、抑うつ状態や行為障害などの精神的トラブルを引き起こす原因の可能性もあると考えられる。 本研究では、4-12歳の間に「平手打ち」「鞭などで尻をたたく」という一般的にしつけと位置付けられる体罰を年12回以上、3年間以上受けた18-25歳の米国人の男女二十三人を対象に、磁気共鳴画像装置(MRI)で脳の断面図を解析した。利き手,年齢,両親の学歴,生活環境要因をマッチさせた、精神科疾患を有しない体罰を受けずに育った同年齢の二十二人の脳容積の平均に比べ、右脳では、高次の実行機能や情動と関連がある前頭前野内側部(10野)が19.1%、集中力や注意、共感や感動などの働きをする前帯状回(24野)が16.9%、左脳では感情や認知機能と関連する前頭前野背外側部(9野)14.5%が、平均して小さかった。被験者の体罰を受けた年数は平均で8年6カ月。6-8歳の間に体罰を受けた人が最も萎縮の割合が大きかった。 体罰を受けて激しいストレス下に置かれた子どもの脳は、通称「ストレスホルモン」と呼ばれる副腎皮質ステロイドを多く分泌し、脳の発達を遅らせたり、一時的に止めたりすることが分かっている。今回の被験者たちは、厳格な体罰をストレスと感じた脳が、前頭葉の発達を止めたと考えられる。 本研究代表者および分担者らとハーバード大学(Teicher)の共同研究チームは、虐待を受けた子どもの脳の解析を進め、性的、身体、言葉による虐待を受けた子どもの脳が萎縮するという結果も既に発表している(Tomoda A,et al. Childhood sexual abuse is associated with reduced gray matter volume in visual cortex of young women. Biological Psychiatry in press,2009)。 また脳の発達は環境因子に強く影響されるが、その過程で、言語や視覚などに関わるそれぞれ違った領域が、それぞれ固有な時期に幼児期の体験、たとえば虐待というストレスなどで影響を受ける時期があり、「敏感期(Sensitive Period)」と呼ばれ知られているが、ハーバード大学(米国)との共同研究で、小児期性的虐待を受けて成長した女性たちの脳MRI画像から、海馬、前頭前野、脳梁の敏感期を特定することに成功した(Andersen SL and Tomoda A, et al. Preliminary evidence for sensitive periods in the effect of childhood sexual abuse on regional brain development. Journal of Neuropsychiatry and Clinical Neurosciences,20:292-301, August2008)。子ども時代の虐待は、脳の構造や機能の成長を障害し、消すことのできない傷を残す。ただ脳の傷は決して治らないわけではない。サインを見落とさず、回復可能なうちに虐待を発見することが重要と再認識された。
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