本研究では、MCT8遺伝子変異を持つ症例の症状は胎児脳の甲状腺不足によるという仮説を立て、以下の実験をおこなった。この変異を持つ個体は、重度の精神運動発達遅滞を認め、現在10歳であるが寝たきりである。体位変化に伴う下肢のジストニア様運動と部分てんかん発作を特徴とする。 この症例の持つ変異遺伝子の甲状腺ホルモン輸送機能をin vitroで解析した。この結果、第二膜貫通部位のVal重複変異では、甲状腺ホルモン輸送能は、正常対照に比べ、明らかに低下していたが、残存活性を認めた。変異を有する甲状腺輸送体では、細胞膜への移動は障害されていなかった。この結果、この変異を持つ個体では、胎児期から神経細胞の甲状腺ホルモンが不十分であったことが推測された。残存活性を認めるが、神経症状はnull変異と変わらないことから、胎児脳発生の特定な時期に、胎児脳の特定な部位で十分な甲状腺ホルモンがないと、神経症状が不可逆的に発展することが推定された。 胎性早期の甲状腺ホルモンは母体血中から供給されているという仮説がある。妊娠第1三半期の母体100例の血中の甲状腺ホルモンを測定した。その結果、遊離T4は1.16±0.14ng/dL、遊離T3は2.78±0.32pg/mL、TSHは1.21±1.84μIU/mLであった。現在FT4が10パーセンタイル以下であった母体の子どもの発達を経過観察中である。何らかの発達障害が観察されれば、妊娠早期の低FT4血症が子どもの発達に影響する可能性が示唆される。
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