シナプス可塑性と記憶の成立にはエピジェネティックメカニズムが重要な役割を果たすことがよく知られている。空間記憶にかかわる海馬の長期増強現象導入の細胞内メカニズムにおいても、ヒストンのアセチル化により染色体が再構築されており、これは転写調節因子CREBの活性化が緒端となるリン酸化酵素MAPK/ERKカスケードの阻害により、抑制されることが証明されている。 われわれは乳児による母の匂いの記憶のメカニズムを解明するモデルとして生後10日の未開瞼の幼若ラットを用いている。11日目ににおいと電撃の対提示トレーニングを30分間のみ施すと、翌12日にはにおいに対する嫌悪反応を示す。このにおいの嫌悪学習の神経基盤の一つは嗅球内シナプス可塑性であり、嗅球内においてもCREBのリン酸化が重要な役割を果たすことを既に証明した。そこで、CREBのリン酸化が引き起こすアセチル化ヒストンを維持する目的で、嗅球内にヒストン脱アセチル化酵素である酪酸ナトリウムを注入し、学習への影響を観察した。するとにおいと電撃のトレーニング中あるいはトレーニング後1時間で注入した場合は、学習に対する影響は見られなかった。しかしトレーニング後2時間で注入した場合は、溶媒のみを注入したコントロール群ではトレーニングから2日経過した生後13日には記憶が消失しているにも拘わらず、酪酸ナトリウム注入によりにおいの学習の保持が認められた。以上よりアセチル化されたヒストンの脱アセチル化反応はトレーニング後2時間で開始していると判断された。
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