精子を卵子の中に直接注入して受精卵を作製する技術(ICSI法)は男性不妊の治療法として広く利用されている。この技術を用いて作製したマウスICSI受精卵の染色体研究において、精子をあらかじめ重炭酸イオン緩衝系培地(TYH)中に2時間以上保存すると染色体の構造異常率は減少し、へペス緩衝系培地(H-TYH、H-mCZB)やリン酸緩衝系培地(PB1)中に保存した場合には逆に増加することが示されている。TYH中では、精子の受精能獲得に伴って頭部の細胞膜コレステロールの遊離や先体反応が起こるが、他の倍地中ではこれらの現象は起こらず、コレステロールや先体が卵内に持ち込まれ、精子クロマチンのリモデリングに悪影響を及ぼして染色体異常を誘発する可能性がある。そこで、コレステロール含有量が少ない精巣精子、およびメチル-β-シクロデキストリン(MβCD)でコレステロールを人為的に減少させた精子を使ってICSI受精卵を作製し、染色体異常率がどのように変化するかを調査した。 精巣精子をH-mCZBやPB1中に6時間保存してから作製したICSI受精卵においても染色体異常率の増加はみられなかった。MβCD(1mM)によるコレステロールの遊離は、H-TYHを基本培地として2〜3時間培養した場合に最も効果的であった。この条件で処理した精子を通常の体外受精法を用いて卵子と受精させ、得られた受精卵の染色体分析を行った結果、MβCD自体に精子DNAを損傷する作用のないことが明らかになった。この結果をもとに、MβCD処理した精子に由来するICSI受精卵の染色体分析を行ったところ、受精卵当たりの染色体異常数は0.070であり、MβCD未処理の精子に由来するICSI受精卵の値(0.103)に比べ低い傾向が認められた。 以上の結果から、精子頭部の細胞膜コレステロールが構造的染色体異常の生成に関わっていることが示唆された。
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