精子を卵子に直接注入して受精卵を作製する卵細胞質内精子注入法(ICSI法)は男性不妊の治療法として広く利用されている。ICSI法の場合、本来の受精とは異なり、細胞膜や先体が人為的に卵子内へ持ち込まれる。昨年度の研究において、コレステロール除去剤のメチル-β-シクロデキストリンで処理した精子を使って作製したICSI受精卵では、構造的染色体異常の出現率は未処理精子を利用した場合に比べて有意に低く、細胞膜コレステロールが染色体異常の原因の1つであることを報告した。本年度は、カルシウムイオノフォア(A23187)で先体反応を誘起した精子に由来するICSI受精卵の染色体分析を行い、構造的染色体異常率がどのように変化するかを調査した。 A23187(20μM、10分)によるマウス成熟精子の先体反応率は、採取後すぐに処理した場合は73.6%(A群)、処理後2時間培養した場合は84.2%(B群)、2時間培養してから処理した場合は98。5%(C群)であった。これらの精子に由来するICSI受精卵(1細胞期)の染色体異常率はA群23.4%、B群15.8%、C群12.9%であり、A群の頻度は他の2群に比べて有意に高かった。A23187処理精子を利用した体外受精卵(IVF受精卵)の染色体異常率はA群2.8%、B群2.8%、C群1.1%と、いずれの群でも低く、各群間に有意差はなかった。また、これらの頻度は通常のIVF受精卵(2.3%)と同様であった。 以上の結果から、A23187による先体反応の誘起はICSI受精卵における染色体異常の発生を抑えることはできず、逆に異常率は増加することが示された。IVF受精卵の染色体分析結果から、A23187には染色体異常誘発能のないことは確かであるが、この薬品で処理した精子由来のICSI受精卵では、なぜ構造的染色体異常がより高い頻度で発生するのかは不明であり、今後の新たな課題である。
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