末梢神経の再生能力を利用し、顔面神経-舌下神経端端吻合および喘側吻合術、神経付筋弁による動的再建術などにより、これまでBell麻痺やHunt症候群を始めとする末梢性顔面神経麻痺に対して手術的な治療戦略を試みてきた。近年、大耳介神経や腓腹神経などの感覚神経を用いて顔面神経および舌下神経をバイパスする方法が臨床面で開発され、一定の成果を挙げ始めている。この手術法はこれまでの方法に比べ、手術操作による神経損傷のリスクが低く、殆ど傷害を残さないという点で画期的な方法である。また、100%の回復とは行かないまでも概ね良好な筋トーヌスが得られたとの報告がある。ところが臨床上、経験的に効果のある神経伝達の線維乗り換え現象がいかなるメカニズムで起こるかについては殆ど解明されていなかった。われわれは本手術手技をcross-link型神経移植術と位置づけ、ラットモデルに神経トレーサー法を導入し、神経回路解析を行ってきた。一連の研究により次の事が解明された。 1.順行性トレーサー法により舌下神経核より発生した軸索は移植神経を介して顔面神経束へと導入される。2.逆行性トレーサー解析により、顔面神経核より発生した軸索は舌下神経束へと導入される。3.Cross-linkされた神経を介して神経縫合部ではcollateral sproutingが行われている。 臨床面では、cross-link手術後に表情筋の運動機能の増大のみならず異常共同運動の改善を認めた例もあり、われわれがこれまでに得た基礎的データと併せると、依然、cross-link手術により再構築された神経ネットワークに関しては多くの疑問が残る。現在、(1)顔面神経からも舌下神経へと軸索が誘導されているが、誘導される軸索の数に差はあるのか。(2)collateral sproutingにより顔面神経束へと伸展した舌下神経線維は表情筋を運動支配するのか。神経筋接合部(NMJ)は形成されるのか。(3)神経核のみならず神経細胞単体での二重支配がなされているのか。(4)長期的に、顔面神経束へと誘導された舌下神経の軸索は剪定されるのか。されるのならば手術操作時に損傷を受けた舌下神経の再生軸索と、側芽形成により伸展した軸索といずれが剪定されるのか。について検討を行っている。
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