歯周病原細菌P.gingivalis(Pg菌)が保有するFimA線毛の生合成は二成分制御系FimSRによって正方向に調節されている。FimRはFimA関連遺伝子群の上流領域に結合し転写を促進する転写因子であるが、その結合配列は未特定のままであった。Pg菌の有線毛標準株ATCC33277のゲノム情報が昨年公表され、全ゲノム配列が25塩基長のプローブに断片化され搭載されたゲノムタイリングアレイも開発された。この新規マイクロアレイを用い、抗FimR抗体によるクロマチン免疫沈降法と組合わせたChIP-on-chip解析を初めて試みた結果、推定FimR結合領域の大幅な絞り込みに成功し、結合配列もほぼ特定できた。線毛非形成株W83の当該配列を調べると僅かな変異が認められたので、そこにFimRが結合できずFimA遺伝子群が転写されないために線毛が形成されないのではないかと考えられた。 しかしこの仮説は、ヒスチジンキナーゼFimSの解析の結果否定された。33277株のFimS遺伝子を導入し発現させただけでW83株においてもFimA産生を誘導できたのである。つまりFimS遺伝子以外の関連遺伝子群にも随所に認められた両株間の差異は、FimAの発現に影響しないことが示された。更にW83のFimSはG3boxという領域を欠失した機能不全型であることも判明した。G3boxが無いとFimSキナーゼドメインへのATP結合効率が低下しFimRへのリン酸リレーが阻害される。その結果FimRは活性型へと構造を変えられず転写因子として機能しない。W83が線毛非形成である原因は、FimSの構造変異に基づくリン酸リレー機構の破綻であることが明らかになった。この結果はFimSRがPg菌の主要病原因子FimA線毛の生合成を調節する唯一の二成分制御系であり、本菌の病原性を抑制する上で有望な標的となり得ることをも示唆する。
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