Wntシグナルは間葉系幹細胞や骨芽細胞の機能を制御することによって骨形成に関与することが知られている。しかし、セメント芽細胞の分化におけるWntシグナルの関与ならびにその役割はほとんど知られていない。本研究において、Wntシグナルを形成する分子群がセメント芽細胞に発現していることをRT-PCR法で明らかにした。LiClはGSK-3βを抑制することによってcanonical Wntシグナルを活性化するが、細胞をLiClで刺激することによりβ-cateninの核内移行と標的遺伝子の転写活性が誘導された。このことからセメント芽細胞においてcanonical Wntシグナルが機能的に作動していることが示唆された。canonical Wntシグナルの代表的なWntメンバーであるWnt3aで刺激したところ、アルカリフォスファターゼ(ALP)、骨シアロ蛋白(BSP、ならびにオステオカルシン(OCN)遺伝子の発現が抑制された。さらに、分化に対してポジティブに作用する転写因子Runx2/Osterix遺伝子発現が抑制され、また、ネガティブに作用する転写因子Lef1遺伝子発現が亢進された。Dickkopf(Dkk)-1はWntコレセプターである低比重リポタンパク様受容体(LRP5/6)に結合するcanonical Wntアンタゴニストであるが、Dkk-1存在下で同様の実験を行ったところWnt3aによるRunx2遺伝子ならびにOCN遺伝子に対する発現抑制作用が解除された。これらの知見から、Wnt3aによるセメント芽細胞の分化抑制作用はcanonical Wntシグナルを介した反応であること、そして、これら転写因子の発現調節によって制御されている可能性があることが示唆された。さらに、Wnt3aは細胞サイクルの調節因子であるCyclin D1遺伝子の発現を誘導するとともに、細胞増殖活性を亢進した。以上の知見からWntシグナルはセメント芽細胞の分化を抑制し、そして増殖反応を亢進することが示唆された(Bone 2009)。セメント芽細胞の機能調節機構におけるWntシグナルの役割を解明することは、歯周組織再生学を進展させる上で重要であると考えられる。
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