本研究の目的は、急性期医療の看護場面における実践知の成り立ちと、それを成り立たせる参加者たちの方法を記述することである。本年度は、約2週間の呼吸・循環器内科病棟でのフィールドワーク、申し送りやカンファレンスの映像・音声記録および個別インタビューを実施した。 これまでの3年間の調査をもとに、看護師たちが特に注目していた、患者の痛みの理解や評価をめぐる実践に注目して実践知の記述を試みた。看護師たちは、科学的な観察や評価に先立って、患者の痛みに応じようとする行為的感覚や具体的な行為の中で既に、痛みの理解をはじめていた。この理解の実践より、患者の経験する痛みは、本人にしか分からない私秘的なものとして閉じられていたり、それを理解する看護師の主観的な経験として隠されてはいないことが分かった。経験する者の私秘性や理解する者の主観性は、その場面においてそのつど考えられたり指摘されていることであった。患者の痛みの理解については、カンファレンスにおいてもたびたび話し合われていた。そこでの議論より、「痛みスケール」を用いてなされる評価は、単に所与の対象に所与の基準をあてはめるような評価ではなく、それ自体が評価をされるべき対象を措定し、分割し、評価のための基準を作り出すワークであることが分かった。またカンファレンズは、チーム全体の治療方針の決定と、患者本人の感覚とを調停する場面として機能しており、「痛みスケール」についての議論は、この両極のあいだで、その使用法と適切さをめぐってなされていた。 これらの成果は、「患者の経験する痛みはいかに経験されるのか?」「『メンバーの測定装置』としての『痛みスケール』」として、国内外で報告した。
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