研究概要 |
本研究の目的は,社会保障の充実が親子関係を希薄にするという通念が,合理的な親および子の行動の結果として理論的に正当化されるのかを検討することにある.本研究の大きな特徴は,親および子による居住地の選択を明示的に考慮することである.なぜなら,親と子の居住地の距離は,子が親にアテンションを提供するためのコストの決定要因であり,アテンションの供給量に直接的な影響を及ぼすからである.本研究では、家族内所得移転や利他性に関する様々なセッティングの下で,公的年金・介護保険が親子の相互依存関係に及ぼす影響について検討を行った. まず,子が親に対して利他的所得移転を行う場合においては,(1)政府が年金の保険料と給付水準を決定する(2)子が居住地(アテンション)を選択する(3)親が家族内公共財に支出する(4)子が家族内公共財に支出すると共に親に対する仕送りを行う,という手番のゲームをモデル化した.そして,それに基づき,年金の保険料および給付水準の引き上げによる比較静学分析を行った.主な結果は次の通りである.当初親子が同居しているケースでは,年金が増加し,ある水準を超えると,子は別居することを選択する.当初親子が別居しているケースでは,親子の居住地の距離が十分に近いならば,年金の増加によって子は親からより遠くに住もうとする一方で,居住地の距離が遠いならば,年金は居住地選択に対して中立的である.次に,親が子に対して所得移転(遺産)を行う場合においては,その動機が利他的か戦略的かによってケース分けをして分析を行った.利他的動機では年金は子の居住地選択に影響を与えないのに対し,戦略的動機では年金は子の居住地選択に影響を与え,親元へ近づける効果があることが明らかになった.また,後者については,介護保険に関する分析も行った.
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