研究代表者は2008年6月にワシントン特別区のジョージタウン大学ケネディ倫理センターでの集中倫理学コースに参加した。このコースは倫理委員会の一員としての研修機会を提供するものであり、現在の米国を代表する有識者が講師を務める。講義は善行、無危害、自己決定尊重及び公平の生命倫理の原則に従い進行した。生命倫理学者ビーチャムのより積極的な姿勢での無危害原則の展開とその重視、チルドレスの自己決定尊重原則の偏重とインフォームドコンセントと結びついた形骸化への反省、また徳倫理学の観点に基づいたぺレグリノの医療専門職の果たすべき倫理的義務のさらなる重視についての講演は特に印象深いものであった。これらは日米が共通し直面する原則の偏重や倫理審査の形式化などの問題点を鮮明に提示している。彼らの例示は法的な背景や従来の蓄積が異なる日本の倫理委員会での審査や問題提起に具体的解答を与えうるものでは無いが、倫理原則の本来的な意味とその問題点を見据えた現代的な展開について深く考慮し再確認する必要を迫っている。また2008年11月4日大統領選挙と同時にワシントン州で、オレゴン州と同様の尊厳死法の可否を巡る住民投票が行われた。投票日に先立ち、法案の立案にかかわった前ワシントン州知事ガードナー氏はじめワシントン大学の法学・医学関係者・チャプレン等10名にインタヴュするためシアトルを訪問した。この法案は終末期に致死量の薬剤の処方を求める自己決定権確保を目的とし、オレゴン州と同様に数段階の安全策が用意されている。この法案に対する賛否はマスメディアでも盛んに取り上げられていた。しかし、医療職及び法学関係者の多くは、困惑しつつも比較的冷静で、法案が自己決定に固執する一部の層のためであること、オレゴン州尊厳死法施行後の緩和医療に大きな進歩があり尊厳死への要求が変化していることなど、興味深い議論を交わすことができた。
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