研究概要 |
これまでの協同問題解決研究では,ペアの二人が十分な言語的な情報のやり取りをすることが可能な場面を想定して実験的な検討がなされてきたが,言語的な情報のやり取りがまったく行えず,他者の行動を観察することしかできない場面での協同も実際には数多く存在する。本研究では,そのような場面での協同問題解決の効果を実験的に検討した。 昨年度の研究で,典型的な洞察課題の一つであるTパズルを使用して,自分自身での課題への取り組み(以下,試行)と他者の取り組みの観察(以下,他者観察)を交互に行うことが洞察問題解決に及ぼす影響について検討した。その結果,試行と他者観察を交互に行った場合には洞察問題解決が促進されたのに対して,同じく試行と観察を交互に行っても,観察対象が自分自身の直前の試行(以下,自己観察)である場合には洞察問題解決を促進することにはならないことが示された。このことから,他者の遂行を観察することが洞察問題解決を促進する上で重要なことが示唆された。 上記の結果が得られた理由として,2つの可能性が考えられる。第一は,自己観察と他者観察とでは得られる情報の多様性が異なるため,他者観察の場合のみ多様な情報が得られ,その結果洞察が生じたという可能性である。第二は,自己観察と他者観察とでは観察する際の「構え」(attitude)が異なり,自己観察では自分の試行を確証的に捉えて疑わないのに対して,他者観察では他者の試行を懐疑的に捉えるため,そのことが洞察を促進したという可能性である。今年度は,上記の第二の可能性を実験的に検討した。具体的には,同じくTパズルを用いて,(1)一人で課題に取り組む条件(個人条件),(2)一人で課題に取り組むが,30秒ごとに試行と自己観察を繰り返す条件(自己観察条件),(3)試行と自分観察を交互に繰り返す点では自己観察条件と同じだが,自分の過去の試行を他者の試行だと教示されて問題解決に当たる条件(偽他者観察条件),(4)30秒ごとに試行と他者観察を交互に行いながら二人で課題に取り組む条件(他者観察条件)の4条件を設定し,問題解決成績と解決プロセスを比較した。その結果,問題解決成績は「自己観察条件<個人条件<偽他者観察条件【〜!=】他者観察条件」であった。この結果は,たとえ観察対象が自己の試行であっても,それを他者のものだとして(懐疑的に)捉えることで問題解決を妨害していた制約が緩和され,結果的に洞察が促進されることを意味しており,上述した第二の可能性,すなわち観察の構えが洞察問題解決に影響を与える可能性が実験的に示唆されたと言える。
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