刀鍛冶職人が素材の炭素濃度を調製するために行う「卸金(おろしがね)」について、炉の構造を調査するとともに、送風機を用いた送風量の記録と赤外線サーモグラフィーによる炎の逐次温度測定を実施し、生成物の炭素濃度と金属組織を調べた。同じ火床を使って高炭素鉄の脱炭と低炭素鉄の浸炭という正反対の反応を行っている点については以下のように説明できることがわかった。すなわち、高炭素鉄(銑鉄で実験)の脱炭の際は、融点が低いため送風量を少なくし低温で少しずつ熔解させる。そして炉底を浅く設定することによって、熔けた鉄は羽口からの風がよく当たる位置に留まりある程度時間をかけて脱炭が進行していく。一方、低炭素鉄を浸炭させる際は、送風量を多くすることによって高温下で固体の鉄の中へ炭素が入っていく。炉底部を深く設定することによって、半熔融状態の鉄は羽口の前を速やかに通過し再度の脱炭が起こらず、生成物は羽口の風が直接当たる箇所よりも下の位置に溜まる。 また日本刀製作工程のうち、皮鉄の素材を作るための「折り返し鍛錬」の工程について、原料鉄の炭素濃度に応じてどのように温度調整を行っているかを調べた。軟鉄(C:<0.1%)と鋼(C:0.7%)を対象に6回ずつの折り返し鍛錬を実施してもらい、赤外線サーモグラフィーで加工時の素材の逐次温度測定を行い、中間・最終生成物の炭素濃度と金属組織を調べた。折り返し鍛錬は「仮着け」と「泥沸かし」の2工程からなるが、仮着けの際には軟鉄の方が高温で鍛着するため、鋼よりも高い温度で作業を終える傾向がみられ、また泥沸かしでは軟鉄の方がより高めの温度から作業を開始していた。折り返し直後の鍛接面には最大数十μmの厚さの介在物が点状に連なってあらわれるが、これらは折り返し回数が増えるにつれて薄くなり、また細かく分散して鍛接面が見分けられなくなる程度まで層の均一化が進むことがわかった。
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