研究概要 |
臨床医療倫理学にその本来的な役割を十分に発揮させ,教育面での展開を豊かなものにするためには,臨床医療倫理学をそのものたらしめている具体的,個別的なケーススタディのあり方そのものの方法論を再検討する必要がある。従来,ケーススタディのいわば<解法>に関する研究の試みはなされてきたが,方法論に関するこの種の反省的な問いかけはほとんどなされてこなかったといってよい。そこで初年度は,ケーススタディの要素的研究の端緒として,ケーススタディで扱われるケースそのものの要件を中心に探ることとした。というのもケース自体の特性がケーススタディの成否を大きく決するからである。倫理諸原則の単なる例示に回収されるような擬似ケーススタディとは峻別される,真のケーススタディに供されるケースが満たすべき条件は何か。実在ケースにせよ仮想ケースにせよ,またその語り手が誰かなど,源泉に拘わらず,ケースは文学理論で「テクスト」と語られているものと等しいとみなされうる。そこでケースの特性と構成,その形式ならびに実質の両面についての,文学理論を援用した理論的考察を行い,さらにカナダ政府映画庁製作の仮想ケースドラマの分析を通して具体的な検討を行った。そこから明らかにされたことは,倫理原則を機械的に適用しさえすれば片が付くケース,抽象的かつ一般論的な問題がすぐさま透見されるケース,登場する人物たちの性格や付帯状況が捨象されて描かれておらず機微に乏しいケースはケーススタディの対象として不適当だということである。よいケースとは安易な解決を揆ねつけつつ,読み手の想像力を十分に刺激するケースである。臨床医療倫理学とは,ケーススタディを媒介にして,倫理学一般と文学とを接合する領域である。
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