19世紀のヴァナキュラー写真のうち、世紀半ばから世紀転換期にかけてのアマチュア写真、およびスタジオ写真について、写真資料と先行研究を収集した。欧米で開催されたアマチュア写真展の図録とカルト・ド・ヴィジット、そして写真史初期から世紀末までのアマチュア言説が掲載された文献を検討することによって、アマチュアという概念の変容や分裂を具体的に素描することができた。たとえば、世紀半ばのコロディオン法の市場への導入、1890年代以降の簡便なカメラの利用可能性、それゆえに生じた利用層のいくつかの分裂や断絶がアマチュアについての議論の背景として浮かび上がった。そうした推移のなかで、技術的言説だけでは十分に議論を行われてこなかった、写真狂についての報道、女性アマチュア写真家の先行研究、家庭でのアーカイヴ管理者としての女性の役割についての研究、子ども用写真機についての言説も検討をおこなった。こうした資料および議論を背景とすれば、今日ヴァナキュラー写真と広く呼ばれているものが、公私、専門家/素人、芸術/科学などの境界線上で、つねに曖昧な位置を割り当てられ、各時代の実践者と受容者の力学によって姿を変えていく様子が明らかになった。 また、美学的観点からも興味深い論点として、シネマトグラフという、写真機と同様に、アマチュア向けに当初構想された動画記録再生装置を中心に、アマチュアとプロ、像の運動と静止がある種の磁場を構成していたことが資料の検討によって明らかになった。一方でアマチュア写真の主題とジャンル、形式と構成が初期映画のそれと緊密な関係にあり、他方で両者の像において見えるものと見えないもの、科学的なものと娯楽的なものとの差異が相互の対立を形成していること、写真研究と初期映画研究とのあいだに新たな研究領野を切り開く可能性があること、こうしたことを検討した。
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