本年度は、アンシアン・レジーム末期から七月王政にかけてのフランス社会において、音の風景がいかなる変化を遂げたかを探る予定であった。資料収集の主たる場となるはずだったパリ・ヴィレット音楽資料館が閉鎖されていたことから、まず文学作品における音の風景の変化を調査することから始め、フランス国立図書館では聴覚のみならず視覚・嗅覚に関する資料調査も行った。 セナンクール、ネルヴァル、ジョルジュ・サンド、バルザックらの文学作品分析によって、民衆の生活に深く関わる歌が、過去の記憶をたぐり寄せ、それを復元してくれるものとしての働きをこの時期に強めていったのではないかという仮説が立てられた。冬期のフランス国立図書館での作業では、フランス大革命から王政復古期までの歌謡集の調査、文学作品で言及されている歌謡の出典調査を行った。一方では歌の歌詞が非常に限定された期間の事件を風刺的に解釈する役割を持っており、他方では同じメロディーを再利用するというかたちで、連続性を体現していることが理解できた。 また、音に関する資料が十分に集まらない事情が上記のようにあったため、フランス国立図書館で社会における花とその色彩・匂いの役割に関する資料調査を行った。この時代に多い造花に関する著作は、貴族社会の習慣に基づいて編まれている。だがそれは、都市に人口が集中し、生活環境から自然が減っていった状況で、花を模することによって天上の完壁さを思い出そうとする仕草が大衆化されたことを示している。数多く出版された花と花言葉についての著作からも、花の匂いや色彩が、上に言及した歌と同じく、過去に存在したが同時代の社会で失われつつあったもの、あるいは現実の感覚を通した認識を逃れてしまう理想的なものに、表象作用を通じて迫る際に必要な要素となったことがうかがえる。
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