本年度は、フランス18-19世紀文学作品における感覚風景の分析のうち、特に街路と都市の変化にまつわる部分を具体化した。当初予定していた音楽状況に関しての調査に必要な資料館が利用できなかったこともあり、パリの都市としての変化と、都市と人間との感覚を通した交流の変貌が、バルザック・フローべール・ゾラ等の作品にどのように描かれているかという調査を中心に研究を進め、その一部を論文にまとめた。19世紀前半にはしばしば記号の森として描かれた都市が、世紀後半になって、集団の記憶と個人の記憶をつなぐ場となり、都市の風景と人間の内的風景のあいだに循環が生まれてゆく経緯をできるかぎり詳細に追った。 11月には、フランスの著名な作家ジャン=フィリップ・トゥーサンに講演を行っていただき、討論では、フランス文学において、都市が単なる背景でなくなり、主題として前面にあらわれるようになった流れを探ることができた。 さらに、19世紀における、花をめぐる視覚的・嗅覚的・触覚的考察を行った。文学作品と当時の文献を対象に研究を進め、女性の心理を描くことを重要視していった19世紀小説が、花を象徴的に用いるのみでなく、その色や手触りや香りを物語の構成に組み込んでいったこと、花についての知が文学作品に取り込まれることで、その感覚的な要素が再発見されたことを検証した。これについては、21年度中に論文にまとめる予定である。 また、都市の感覚的要素に着目するようになった19世紀文学の中で、「俯瞰された都市」という伝統的な文学テーマが、どのように展開されたかを考察した。ヴィニーからゾラに至るまで、「呪われた都市」や「地獄の業火」といった聖書からくるイメージが、現実の風景のみではなく音や匂い、都市の振動など身体的感覚と重ね合わされて被った変化を研究した。この成果は、21年度前半に論文として発表する。
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