本年度の研究は、奴隷貿易廃止運動に貢献したCatherin Clarksonおよび国教会福音派の女領袖とも言うべきHannah Moreの活動と著作を中心にしながら、福音主義について基礎的な調査を進めた。福音主義は18世紀において領域横断的に浸透した宗教精神であり、基本的には聖書(福音)の教えに立ち返って信仰心を復興しようという運動である。しかし、それは商工業が発達し、消費主義的な経済が社会にひろがった時代において、感受性の文化とあいまって多様な側面を見せることになった。Mary WollstonecraftやAnna Laetitia Barbauldのような非国教徒女性においても福音主義的態度は見られるが、奴隷貿易廃止運動の立役者Thomas Clarksonの妻になったCatherine Clarksonには女性と福音主義の結びついたより一般的な態度が考察できる。急進主義的な思想の影響を受けながらも、女性として夫の影に隠れながらも奴隷貿易廃止運動に尽力し、後年はクエーカーへと改宗した彼女の生涯は福音主義の一つのパターンを見せている。その一方で、国教会内の福音主義を統率したのがHannah Moreである。彼女の著作には非国教徒や革命支持者への反駁が盛り込まれているが、"practical piety"および"the sober virtues of domestic economy"をキリスト教的美徳として掲げることで、家庭的美徳を遵守しながら女性が福音の教えにしたがって慈善活動を行い、社会、さらには政治活動へと活躍していく機会を与えた。女性の慈善における「家庭性」と「社会性」という矛盾を解消し、社会における風俗改善や教育改善、奴隷貿易廃止といった領域で貢献を果たし、福音主義をヴィクトリア朝へ浸透させていったのがMoreの福音主義なのである。
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