今年度は、レンベルク(リヴィウ)に19世紀に生まれた作家ザッハー=マゾッホを取り上げた。ザッハー=マゾッホの父親はハブスブルク帝国のドイツ人官吏(レンベルクの警察長官)であったが、母親は、ドイツ文化に同化したウクライナ人の家庭の出であり、またザッハー=マゾッホの乳母もウクライナ人であったため、ザッハー=マゾッホは幼い頃から、ウクライナ、とくにカルパチアの風土、またそこ文化に対して深い共感を抱いていた.そのことは、彼の自伝的なエッセイの随所に窺うことができるし、彼のそのような感性は、とくに、カルパチアを舞台とした『八イダマク』という短編にたいへん色濃く表れている。しかし、この『ハイダマク』という作品は、カルパチアの民族誌、風物詩を主眼とした作品ではなかった。枠物語の中の語り手、かつてハイダマクであったフツーレのミコライの口を借りて、ザッハー=マゾッホは、ここで農耕文化に基礎を置くヨーロッパの文化、私有財産制に対する鋭い批判を展開している。同時に、ザッハー=マゾッホはここで「人間の博物誌」としての文学、すなわち道徳的リアリズムの実践も試みている。
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