最終年度であり、これまでの研究活動を踏まえつつ、理論のまとめの作業に力を注いだ。そのための結節点として、民科民事法分科会夏合宿において、「自己決定権の法構造」と題する報告を行った(2009年8月)。自己決定権には、a公序の相対化原理としての自己決定権、b自由権としての自己決定権、c支援措置としての自己決定権という3種類があることは、以前から認識していた。この報告は、これらのうち、bおよびcに焦点を当て、具体的には医療過誤および取引的不法行為に関する裁判例を素材として、自己決定権の法構造を解明しようとしたものである。さらに、実務家との交流も持ちたいと思い、セクシュアル・ハラスメント等の第一人者である水谷英夫、小島妙子両弁護士に札幌まで来ていただいて、同タイトルでの報告を行い、実務的観点からのアドバイスを頂戴した(2010年1月)。これらを通じて、次のような点が明らかになった。(1)支援措置としての自己決定権は、医療過誤と取引的不法行為た両領域で問題となる。具体的には、説明義務違反を正当化する原理として自己決定権が援用される。ここでは、自己決定権には権利としての性格が稀薄であり、加害者の行為義務(説明義務)違反を重視する違法性論と同一の方向を向いている。そのような事態を反映して、この問題領域では、自己決定権ではなく、機会の喪失などが援用されることもある。(2)これに対して、自由権としての自己決定権が問題になる領域もある。典型的には、エホバの証人の輸血拒否事件であり、ここでの自己決定権は、基本的には権利構成に親しみ、絶対権的性格を有する。マインド・コントロールによる宗教への勧誘についても、同様の性格を有する自己決定権が援用される。このように、この間の研究活動を通して、法構造の異なる自己決定権を析出することができた。今後、これを論文の形で公表するとともに、さらに分析を深化させたい。
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