本年度においては、前年度に引き続いて研究対象である小自作農家の青年の日記のテキスト入力につとめた。昨年度と同じアルバイト学生に依頼したのでそれなりに進展したものの、膨大な全体量に比すればまだほんの一部分にしか過ぎない。しかしこの青年の日記は単なる農事日誌の類いではなく日々の個人的な悩み事や家庭での出来事、戦中期の銃後の風景なども豊富に書かれており、貴重なデータ化が進んだということができる。 また本研究対象の青年は地元の茨城県で農業従事の後に産業組合に就職しており、本年度は産業組合就職前後のこの青年の心性を明らかにすることにつとめた。通常、戦前戦中期の茨城県の農村青年というと橘孝三郎や血盟団事件などの思想や加藤完治らの満洲農業移民やいわゆる農本思想で語られることが多く見られるが、本青年の視線は遥かに現実的であり、産業組合を中心とした販売・購買事業の共同化を通じていえ・むらの経済更正を志向するものであった。結果的に産業組合は戦時体制下で非常に大きな役割を担うことになり、この青年も産業組合もろとも戦時体制に組み込まれていくのであるが、しかしそうしたなかに単にイデオロギー上の理由で入っていくのではなく、それが小自作農家の経済的上向をともなうものであったことを明らかにできた。 このように、茨城県内での史料収集、産業組合関係の文献収集、現地でのフィールドワークなどを通じて、個人の生活史の観点から1930-40年代の農業・農村の変容と社会構造を明らかにすることができた意義は大きいものがあったと考えられるものである。
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