手彫切手の製造に使用された印刷インキ中の顔料色素の退色・変色と復元反応について研究した。手彫切手に使用された顔料の内、青色顔料と黄色顔料は比較的堅牢であるが、赤色顔料は変色や退色しやすいことを前年度に明らかにした。今年度は手彫切手のインキ中に含まれる代表的な赤色成分である四三酸化鉛(Pb_3O_4)について、その退色・変色と復元反応について研究した。 本赤色顔料は大気下紫外線を長時間照射することにより暗色化することを見出し、生成した暗色物質が硫化鉛であることを推定した。次に、黒色化した顔料の復元を目指し、硫化鉛と過酸化水素あるいは希塩酸との反応を検討した。その結果、硫化鉛は両試薬と反応して淡色(無色)化することを見出し、生成物はそれぞれ水酸化鉛、塩化鉛であることを確認した。本知見を実際に黒色に変色した手彫切手(和紙桜2銭朱色切手)に応用し、過酸化水素水で処理したところ、元の朱色が復元できた。正確には、朱色顔料の極表面のみが白色の水酸化鉛となっているが、外見は新鮮な朱色であり、元色の良好な復元手法が開発されたといえる。本研究は、これまで殆んど試みられることのなかった退色した文化財の復元について端緒を開くものであり意義深い。
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