本年は、日本列島の本州およびユーラシア大陸から出土した更新世ヒグマの動物遺存体(化石)の分子系統解析を試みた。まず、更新世後期として年代測定された複数の本州ヒグマ出土骨標本についてミトコンドリアDNAの部分配列の遺伝子増幅を試みた。外来DNAの混入を避けて注意深くDNA抽出および遺伝子増幅を行ったが、遺伝子増幅の成功率は低かった。その理由として、DNAの断片化の進行が考えられる。DNA量および試薬量を調整した結果、1標本からのみ遺伝子増幅に成功した。現在、その標本について遺伝子増幅および塩基配列の再現性を確認し、慎重に結果を検討しているところである。一方、大陸産化石については複数標本について分析が成功した。これは、化石骨が比較的寒冷な地域に埋蔵されていたためと思われた。これらの分析結果についても再現性を確認しているところである。さらに、北海道各地の縄文時代の遺跡から出土したヒグマ骨の収集ならびに上記と同様な古代DNA分析を行ったところ、複数の標本からの分析に成功した。縄文時代のヒグマ骨では、更新世標本よりもDNA残存状況が良好であると考えられた。北海道縄文ヒグマ骨からは、現生の北海道ヒグマ集団に見られる三つのミトコンドリアDNA系列のうち少なくとも二つのDNA系列が見出された。現在、標本数を増やしながら時代を追った遺伝子タイプの地理的分布を調査し、ヒグマ集団の渡来ルートおよび時代などの系統地理や進化の解明に向けて分析を行っている。極微量DNAから特定のDNA領域を遺伝子増幅する手法においては、必ずしも鋳型DNA量を増やすのみでは遺伝子増幅率が高まるものではなく酵素の阻害物質の不活性化やその希釈度が重要な要因であることが判明した。
|