現代の社会構造と相まって、年々高齢出産の割合が増加し、それに伴い生殖医療の重要性が増してきている。本研究の目的は、この時代背景に加え、最近目覚ましい進歩を遂げている「観察」するという技術を融含させ、ほ乳類の受精現象を根本から問い直すことを目的とした。 本来なら女性の体内で起るべき受精現象を顕微鏡下で再現させるためには、体内により近い環境を作り上げることが重要である。さらに観察時に与える損傷(光や蛍光)を極力減らすために、青色発光ダイオードによるパルス照射、および高感度カメラを設置した。青色発光ダイオードによる照射は1000分の1秒間の照射を、1秒間に繰り返し行ない、これまで懸念されていた運動精子への活性酸素生成による機能傷害を極力軽減することに成功した。さらに高感度カメラは、本来人間の目でほとんど捉えることに出来ない光さえ感知できるもので、これによって微弱な光の照射によって観察が可能となった。 このように顕微鏡下の体外受精が、容易に観察できるようになり、このシステムを使ってマウス受精時の精子先体反応のタイミングの観察、および精子-卵の融合時のカルシウムイメージングに成功した。精子先体反応がいつどこで起るかという疑問は、受精成立の分子メカニズムを明らかにしてゆく以前に知るべき根本的なものであるため、私は先体胞に緑色蛍光タンパク質を発現するトランスジェニックマウスを用いて、先体反応誘起=先体の蛍光消失を指標に受精観察をおこなった。 その結果、受精した精子は、卵透明帯に接着する以前に先体反応を起こしている可能性が最も高いことがわかった。この観察結果をもとに、1)透明帯に接着する以前に先体反応を誘起した精子だけが受精できるのか、また2)人工的に先体反応を誘起した精子だけを顕微受精して受精が成立するのかを調べている。 本研究により、これまで一般に考えられてきた受精のプロセスが正しいかを検証するシステムを構築することができた。今後、このシステムを用いてこれまで困難であったほ乳類の受精、初期発生のより詳細な細胞生物学の研究が可能であろう。
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