神経成長因子(Nerve Growth Factor; NGF)は神経細胞の分化を促進し、その生存を維持する作用のある一群のタンパク質である。NGFは成人の脳においても、神経細胞の生存を維持するのみでなく、神経回路を保全・修復し、高次機能を再生させる機能を有する。申請者の研究グループでは、これまでに植物野菜成分あるいは酸化的脂肪酸代謝物など様々な生理活性物質の神経細胞生理作用に関する化学生物学的研究を行ってきた。この研究過程において、ある種の食品成分がNGFの作用を増強することを見いだした。この食品に含まれる"NGF作用増強因子"による神経突起伸張を指標にした神経細胞分化促進作用の詳細な分子メカニズム解析の結果、増強因子は右図においてNGFシグナル伝達における最上流に位置するNGF受容体TrkAの持続的な活性化(チロシン残基の自己リン酸化)を亢進することを見いだした。こうした背景から、食品成分などによる神経細胞分化誘導機構の解析を目的とした本プロジェクトの考案に至った。本年度の研究により、申請者のグループにおいて作製済されたTrkA発現ベクターをラット副腎髄質褐色細胞腫由来PC12細胞にトランスフェクトし、TrkA過剰発現細胞株を樹立した。TrkAは自己リン酸化(チロシン残基)により活性化されることが知られている。従って、TrkAの脱リン酸化は神経細胞分化における重要な制御ステップとなっている。しかし、その脱リン酸化に関わるPTPは全く明らかになっていない。そこで、TrkA過剰発現細胞を用い、TrkAの脱リン酸化に関与するPTPの同定を行った。方法としてはPTP発現系を用い、NGF刺激によるTrkAのリン酸化を免疫ブロットにより調べた。その結果、TrkAリン酸化の制御にプロテインホスファターゼPTP1Bが関与していることを初めて明らかにした。
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