近年の光学異性体分離技術の向上により、哺乳類体内に含まれるアミノ酸はL型のみではなくD型アミノ酸も高濃度に存在していることが明らかになってきた。しかし、その由来や生理学的役割については不明な点が多く関心が持たれている。 私の研究により、モデル植物として利用されているシロイヌナズナにD-アスパラギン酸(D-Asp)が存在していることが明らかとなり、D-Aspを添加した培地で生育したシロイヌナズナでは発芽の段階で生育抑制が観察されるが、ある時期を過ぎると著しく成長することを観察している。そこで、D-Aspを添加した培地で生育したシロイヌナズナ中のアミノ酸を定量した結果、生育抑制の観察されたシロイヌナズナでは高濃度のD-Aspが存在しているが、著しい成長が観察された頃よりD-Aspは減少し、L-グルタミン酸(L-Glu)の増加が観察された。また、D-Asp以外のD-アミノ酸を定量した結果、D-GluやD-アラニン(D-Ala)を検出した。さらに最近、シロイヌナズナのゲノム中に細菌においてD-アミノ酸代謝に関与している遺伝子と相同性の高い遺伝子が存在していることが報告されている。これらの事より、シロイヌナズナは、生育抑制というD-Aspの毒性を軽減する代謝経路が存在しているのではないかと考えた。 シロイヌナズナにおけるD-Asp代謝を明らかにする目的で、データベースからいくっかの遺伝子を推定し、大腸菌で発現させた組換えタンパク質について酵素学的性質の検討を行った結果、D-アミノ酸アミノトランスフェラーゼ(D-AAT)遺伝子をクローニングすることができた。D-AATの酵素学的性質を検討した結果、D-AATはL-アミノ酸に対しては活性を示さず、D-アミノ酸に対してのみ活性を示すことが明らかとなり、シロイヌナズナにおけるD-Aspの代謝にD-AATが深く関与している可能性が示唆された。
|